何が何だか?2017/11/19 20:24

写真は、11月12日に東京芸術劇場に、オーケストラを聴きに行ったときの写真です。
メトロ文化財団が、地下鉄の広告で無料のコンサート券が当たると宣伝していたので、応募したら、たまたま当選しました。

東京フィルハーモニーも、渡邊一正氏の指揮で、ベルリオーズの「幻想交響曲」など熱演でした。


さて、新聞紙上やニュースで公になっていますが、
加計学園が、来年無事に開校できることで、一安心です。

現役時代、大学を2校開校するという、建築を志す、すべての人が関与できない、希少な仕事に携わることができたことは、私のサラリーマン人生の誇りです。

安倍首相が、友人関係を利用して、開学させたとか、首相は関与していないなど、いろいろな報道がなされています。

マスコミも思慮がなく、ただあおるだけで、日馬富士問題のように、問題は混沌としております。

国作りを進めるものが誰なのかを、根本的に考えていかないと、日本という国がおかしくたってしまう問題点を日本も抱えていることを感ぜざるを得ません。

昔であったら、田中角栄が、上越新幹線を無理矢理、上野から新潟までひいてしまったとか、代議士が、自分の出身地に無理矢理駅を作ったり、地元に開発の為の予算を取ってきたりとか、いかに地元にお金や利便性を誘致させることが、その代議士の手腕で、このような恣意的な政治の操作はあまたに存在しておりました。

それが、一時的にしろ、マスコミが、地方代議士の地方だけにお金をばらまくことに対するすっぱ抜きで、議員j自身が、自重する様になったことと、(うまくさばいている可能性は大)で目立たなくなったり、

国の建設投資予算が、民主党の時代、建設を悪の権現の様に扱っていましたので、大幅に予算が削減されて、なりを潜めておりました

建設業に携わる人は、いつも談合しているような色眼鏡で見られ、公には、議員の暴利が目につかなくなっていたのです。

安部政権となってから、安定政権となりましたので、国が落ち着いてきました。
国が安定しますと、公務員は単に仕事をこなすだけの存在となっていきますが、ここに来て、表だって公務員の逆襲の動きが出てきました。

公務員が下僕としての地位から、自らの意思で、政治を牛耳ろうとする動きが出てきたためです。
政権が不安定であればあるほど、利権は公務員の手に握られて、
国を彼らの好き勝手に動かされてしまいます。
民主党の時代のことを思い出せば、一目瞭然で、政権交代しても民主党は何もできなかったのは、公務員の逆襲に遭っていたためです。

行政特区を作らない限り、獣医学部の新設はできなかったであろうことは自明がことですが、こと、過疎化が猛烈に進んでいる四国の実情を考えれば、若い学生を呼び込みたい市町村、愛媛県今治市にとっては、長年の夢で会ったことが察せられます。

現在は、国のビジョンが、狭小な心の議員が自己の保身ばかりに奔走していますので、国作りをどのようにするかの観点の欠如は、甚だしいです。

大学の設立一つで、このような問題になるなら、
東京都の消費税は、15%、東京のインフラをただ乗りしている埼玉、千葉、神奈川は、12%、
四国の様な過疎地は、3%、
沖縄の様に、日本の便所、誰もが自分の地域には存在してもらいたくない米軍基地を有している場所は、消費税をゼロにするなどして、便宜を図れば、地方も潤うし、消費税ゼロの土地を選択する人も出てくるでしょう。

また、今回の騒動を納める為に、文部科学省は、四国に行政をもって行って過疎化に寄与させる。
財務省は、東北に機能を移転するなど、各省庁は、地方に分散さえるのが、地域活性化になります。
役所の様に縦割り行政では、一同に集まっていても動きは悪いし、現在はネットも、テレビ会議システムも整って居るのですから、分散化のロスよりも、地域活性の一助になると思っています。

さて、国が安定しているときに、公務員である下僕は、己の存在感を発揮できなくなりますので、政府から行政権を奪おうと、議員のあらを公にして、その議員を弾劾します。

彼らの目的は、あくまで、行政は、下僕である吏員が政治を動かすことで、政治家に国の舵取りをさせないようにつるむことです。

役人のモラルが下がって居ますので、というより、役人の権限で国を動かそうと画策いたしますので、行政文章も彼らの思うままに、操作されると行政のブラックボックスが残っていきます。

安倍首相も、マスゴミの影響で、窮地にたたされておりますが、
国は、誰が動かすのか、行政官の思うままに動かされてしまう構造では、今回であれば、京都産業大学に獣医学部を作らせることは、
前例がないの一言で、四国には当然認可を下ろさなかったでしょう。

政治家が、行政府を管轄し、彼らを国民の下僕として位置づけ、
国作りの根幹を担いさせる。
決して、行政官が、政治家を操って、国を動かさせてはいけないのです。

オーケストラでありませんが、指揮者はあくまで、首相であって、そのタクトに答えるだけの団員です。

それが、一人の元役人が、コンサートマスターの様に、あの音楽は違うなどと言って指揮者の音楽に反抗したら、音楽はめちゃくちゃです。

マスコミは、議員行政、増殖するビューロクラシーの味方なのか?
誰に、国造りの指揮権を渡したいのか?
なにも考えていないで、だだ、国民を煽っているでけです。