第3波が到来だが2020/11/15 19:46

(今日の写真は、先日GO TOで行った伊豆の秋の夕暮れです。)

このところ、また急激にコロナ罹患者が増えてきて、マスコミがまた、騒いでいます。

コロナの第3波が来たような、このような状況でありますが、
先週の月曜日から、出社率60%に引き上げられて、在宅20%、現場対応での外出20%との通達で業務方針が変更となりました。

現場を持っていない人は、実に80%は出社しなくてはいけなくなり、
週5日のうち、4日を出社しなくてはいけなくなりました。

今までは、週に1回~2回、会社に顔を出すだけでよかったのですが、
慣れた体には、きつい急激な変化です。

もともと、人と接するのが苦手で、自宅に閉じこもって、ずっと耐えられるし、上位者へのおべっか営業もしなくてよいし、パワハラを受けることもないので、むしろ快適な生活で、この変化を楽しんでいました。

サラリーマン生活の最後を迎えてきて、研究者のような生活になったのは、望んでかなえられなかった自分へのご褒美だと思っていました。

今回のCOVID-19、新型インフルエンザウィルスである、新型コロナの感染状況が把握できたのか、
会社の見解は、通常業務に戻したのは、濃厚接触しなければ、コロナに罹患しないとのことです。
この決断に至るのに、保健所や産業医など各方面に、ヒアリングを重ねたようです。

濃厚接触の定義が、下記のように変わりました。
1.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染者と接触した日のはじまりを「発病した日」から「発病した日の2日前」に
2.濃厚接触と判断する目安を「2メートル以内の接触」から「1メートル以内かつ15分以上の接触」に

これによって、会社では、マスク装着が絶対条件ですが、
職員同士が1M以内の接触を避けるということで、
会議室や執務室で座る隣通しの間隔や、対面の間隔が、
鼻先1m 隣通しは鼻の中心と隣の人の鼻の中心までの距離が1m以上あけて執務をするとのことです。

つまりは、距離と接触時間によって、罹患率が変わるということです。
これに、換気と私の理論である、太陽光に当たっていれば罹患しないのでしょう。

夜の街に女あり、女の影に、コロナあり。
罹患者は、医療従事者を除いて、ずれも夜の街で濃厚接触した結果です。

今週から始まる、本格的出社での執務に、飲み会をいかに安全に対処するかがカギですね。
当面、爺さんは飲みにいけませんね。

GO TO キャンペーンに2020/11/08 08:22

先週11月3日は、GO TO キャンペーンで、日帰りバス旅行に行ってきました。

私のほうは、在宅勤務が一部解消され、週に1~2回、会社に出社したり、月に一度は、大阪出張もあり気分転換になっていますが、
コロナ禍、自宅に居る かみさんは、どこにも行けないとストレスを抱えています。

私と同年代の世の奥様方や同輩も、自由に街を散策できる雰囲気でありませんので、第2波にイジコジしてるのではないでしょうか?

マイカーを所有している人たちは、足がありますので、少しは開放感があっていいかもしれません。

ファイスシールドを持参して参加したバスツアーですが、
バスの座席の前後は、アクリル板で仕切りがつけておりましたが、
GO TOの威力はすごいもので、全席満席の大盛況でした。

新宿を出発して、
①伊豆高原のすし屋で、寿司食べ放題
その後
②修善寺で自由散策
本日掲載の写真の
③伊豆長岡でロープウェイに乗って富士見テラスで、富士山を仰ぎ
④伊豆丹波の酪農王国オラッチェで、芋掘り体験とサツマイモ1K持ち帰り、
そして、ミカン、お米、お茶のツメツメ体験(小さい袋での詰め放題)で、3種類の収穫物をゲット(ほんとにお得)

これに、夫婦そろって、地域クーポン券が3,000円渡されて、
修善寺、胡麻団子 伊豆高原で アオサ 伊豆長岡でお茶を購入して帰宅しました。

通常11,500円のツアーが、GO TOで7500円、これに地域クーポンが 一人1500円つくので、実質6,000円で終日遊ぶことができました。

日ごろの鬱々感が払しょくされ、楽しい一日を過ごすことができました。
これで、地域経済の活性化の一助になるのですから、
いいこともしました。

バス会社もコロナ対策で、換気に気を配り、乗車の際の検温 毎回の降車時の手のアルコール消毒 こまめな休憩を 社内飲酒の禁止や大声発生禁止など、いかにコロナと大過なく共生するかの努力もすごいものでした。

6年の歳月が流れ2020/11/01 19:57

急に思い立って、ヤマハのフラメンコギターを買ったのが、2013年10月18日でした。
衝動買いは、大概失敗する例が大きいですが、
当初は、すぐ飽いてしまうか、難しくてやめてしまうのではないかという危惧がありました。
しかし、本年10月で、フラメンコギターに触れて、6年が経ちました。
自分の心の琴線に触れるのが、長く続けられる要因かもしれません。

最初に買ったフラメンコギターは、ヤマハの廉価品のCG182SFでしたが、生産が中国製と言え、10万円程度のギターと比べれば、半額以下の値段ですが、日本人が監修しているだけあって、丁寧な細部にわたったこだわりがあり、弾きやすく、音色も音の歯切れも10万円以上のギターを凌駕します。

廉価版モデルの欠点は、高音の伸び、遠達性に弱点があることですが、
何処でも持って行って、ギターを傷つけてしまうのではないかという心配もなく、気軽に弾くことができるのがいいです。

次に購入したギターは、パコ・デ・ルシアモデルと言われた、「コンデ・エルマノス」です。
このギターは、情熱的な鳴りと哀愁を帯びた音色で、クラシックギターにも近い、音質の深みと重量感を持っています。高音の伸びもいい感じです。また、どんな曲にも、激しい奏法にも負けない素晴らしさがあります。

通常は、いつもこのコンデギターを愛用しております。

本日掲載しているフラメンコ・ギターは、「Prudencio Saez」というスペインのギターです。
昨今は、多数の有名スペインギターメーカーが中国に作らせ、自社製として世界に売り捌く中、このギターは、スペイン製に拘り続けているギターとのことです。

私の習っている先生の所持していたギターを、本年、譲り受けたものです。

コンデ・エルマノスは、本当にいい楽器ですが、私の所有している楽器は、値段も安い部類ですので、中国で生産されたものかもしれません。
その為、スペイン独特の乾燥した、乾いた音色が今一歩出ないで、
しっとりしているのです。

この譲っていただいたギターですが、スペインの明るいからっとした空気感があります。
やはり、極端な乾燥気候のスペインで生まれた楽器だからでしょう。

また、塗装も、セラック塗装で、この塗装は木の素材を生かして、薄塗のため、職人の手作業で行われますが、重い塗装を施していない分、音量もあり、音の切れも素早いです。
欠点は、汗をかいて弾くと塗装がはがれやすいのです。

哀愁を帯びた「ソレア」や、炭鉱堀の悲しみの「タランタ」を弾くときは、コンデ、
明るい「ブレリア」や「アレグリアス」は、サエコと
毎日、ギターをとっかえ、ひっかえ弾くのは楽しいです。

10年で、胸を張って趣味と言えるよう、ものにしていきたいです。

見えなければ忘れ去られる2020/10/25 08:31

あっという間に秋が来て、夏の海も、トアエモアの歌のように「もう誰もいない海」になってしまっているでしょう。

季節の移り変わりは早いものですが、
最近、「見えなければ忘れ去られる」という、言葉にも
人の世の移り変わりを深く感じ入ることがあります。

英語では「OUT OF SIGHT OUT OF MIND」という諺ですが、
通常、日本語では「去る者は日々に疎し」と翻訳されますが、
なにか、直訳のほうがすっきり入ってきます。

NHK教育テレビで放映している 滝沢直樹氏の「漫勉」という番組があります。
この番組は、日本の著名な漫画家に焦点を定め、漫画家の仕事場に入り込んで、彼らの漫画のテクニックや創作の秘密を探る番組です。

この番組を時たま見るのですが、先週10月22日に放送された、
「星野之宜」氏のテクニックや発想法、その原点の彼の蔵書庫を、惜しげもなく公開していただき圧倒されました。

一時期、建築の設計を生業としてきたものにとって、業種は違いますが、
まさに、手を動かして作品をつくるという原点は一緒ですので、彼の技量やアナログ的な手法に圧倒されました。

また、彼を支える、1万冊余の蔵書に裏づかれた思考や、発想の原点を見せてもらったことはよかったです。

ものを作る原点は、やはり時代が進んでも、アナログであることを感じました。

なんでも電子化されてきましたが、電子化された本や写真は、記憶に残らないし、すぐ忘れ去られてしまうことを感じます。

コロナ禍の世の中になり、リモートと言って、ますます資料や報告が電子化され、アナログ的なものが、効率が悪いと排除されてきました。

非常に殺伐となってきて、小説以外の本、漫画もそうですが、努めて
電子本でなく、印刷された本を買うようになりました。

本のぬくもり、作者の熱い注力されたエネルギーは、手に取って、触って、書き込んで、眺めて、繰り返し開いて感じるのが良いと感じております。
好きなものを身近において暮らす。蔵書に埋もれて暮らす。
現代では、最高の贅沢になってしまいました。

見えなければ、すぐ忘れ去られてしまいます。

発想を変えてみる2020/10/18 19:28

本日の写真は、昨年訪問した、北欧ヘルシンキの石の教会(テンペリアウキオ教会)です。
半地下にして、岩肌をそのまま内部空間の仕上げにしております。


今年の天気の移りかわりは激しいです。
夏が終わったと思ったら一挙に冬の気温になってきてしまい、
慌てて、夏ものと冬ものを交換する衣替えで、
季節の移り変わりを楽しむゆとりはありませんでした。

あと、1~2年でサラリーマン生活もおさらばですが、
いや、世の中の動きでは、いつ何時働かなくてよいという通告が来るかわかりません。

夏のスーツから秋冬用のスーツに変える更衣する年中作業も
あと残りが、限られた回数かと思うと、
サラリーマンの戦闘服にもある種の愛着がでます。

いま、アフターコロナとして、
コロナ禍が過ぎ去った後の世の中について、
多くの提案が行われたり、方向性を探っています。

一度壊れたものは、なかなか元には戻らないのですから、
この世の中の激変は、もうノーマルなこととしてとらえることが
次を踏み出す一歩だと考えます。

安全に経済活動を元に戻す、
安全にオリンピックを開催するというような、国としての大命題を抱えなくても
普通の人にとっては、自粛から一歩踏み出し、
安全に旅行に行く方法を探る、安全に食事やお酒を飲みに行く、
安全にコンサートに行くなど、
コロナ禍ありきで、ものを考えていく頭の切り替えが必要です。
他人にすがり自粛解除を待っていては、何年先になるかわかりません。

石の教会のように、石をそのまま内部空間の仕上げに利用する考え方のような発想です。、

誰もわからないことを、考えることは
自由度が大きいだけに、リスクもあり、
大変さもありますが、楽しいことです。

実際、罹患患者数は毎日報道するのですが、罹患要因については
マスコミが報道しておりません。報道すると不利益を被る人が出てくるので秘匿されています。この秘匿が、さらに恐怖をあおっているのです。
(ロッテのコロナ罹患選手も一部の報道では、札幌すすきの夜の街に繰り出したようです。)

一つ言えるのは、世の中どんなに進歩(?)ハイテク化しても
人は、生身の人間の息遣いと、ぬくもり 交流を追い求めるものだということ
そこに、様々なドラマが生まれるということは不変です。

いつでも会えないということが、一期一会を大切に思うようになります。