AIを下僕として扱える能力が試されます。 ― 2026/09/06 09:03
ブログを新しいサイトに移行する作業は、止まったままであります。
最近 がっかりと感じたのは、ホームページとブログを合わせて、50年ぐらい文章を書き連ねてきたのですが、
asahiネットという通信会社が、業務縮小に伴って、ブログ掲載業務を、閉鎖、フェードしていくとの方向になったことです。
いつ頃、この個人向けサービスを打ち切るのか不明ですが、過去の書き込みをデータ化して取り出し、他のブログ会社に移行しなければ行けなくなりました。
幸い、ブログに関しては、会社が過去の書き込み一覧をバックアップしてくれました。
以前は、ホームページ掲載のサービスも行っていましたが、このサービスは早々閉鎖となりました。
ホームページは自分で作成して、掲載代行会社にアップロードするのでデータは手元に残っております。
50年間の書き連ねた、ホームページの文章とブログの文章は膨大で新しいところに引っ越す作業は途方にくれます。
そこで、AIに整理させたのです。
その方法は、ブログのバックアップデータとホームページのバックアップデータを凍結したデータのまま読み込ませて整理する指示を行わせたのです。
人間では、何日もかかる作業を一瞬の間に整理してくれて、しかもダイアグラムとして表示してもらいました。
このダイアグラムを見ることで、一目で50年間の思考の流れが整理できたのは良かったのですが、
(暗喩として、何が自分に取って関心事であったか、駄文の羅列であっても一貫して書き連ねたテーマは何であったかなど)
AIの分析力には驚愕する事が多かったです。
しかも時系列的に、自分が歳をとる毎に、思考の流れがどんどん変わっていった変遷も辿ることができたのです。
そして、ブログの引き継ぎは、絶対的に考えずに、新しいサイトでは、
新しくブログを書き始めるのがいいと感じさせてもらいました。
まさに、「新しい革袋には新しい酒を入れろ」という諺の通りでした。
AIの機能もここまで進化してきたのかと驚くと同時に、
ひとつ気をつけなくてはいけなかったのは、AIが私の性格、人物解析までしようとしてきたことで、
こんなことに誘導されるのは、AIは、中性のキリスト教の暗黒時代に遡るのではないかと感じました。
AI支配後の世界は、ルネッサンスを経験していますので、また人類は人間復興の動きになっていくと楽観しておりますが、
我々が死ぬ頃までは、まだAI支配体制になって、しばらくはAIに左右されてしまう暗黒の時代になっていくでしょう。
AIの奴隷となるか、AIを有能な下僕として使っていけるかは、その人の持っている知識と潜在知、経験と今日や未来が過去の延長、
時系列でない、飛び抜けた発想力だと感じております。
本日掲載した写真は、先月あるデパートで催された「プレパト展」の作品の展示会でした。
このプレパトの芸能人の発想、技術、根気を見るにつけ、まだ、AIではなく、人間の牙城が守られていることを感じました。
泥臭い、異常、偏屈という言葉が、次世代の言葉かも知れません。
最近 がっかりと感じたのは、ホームページとブログを合わせて、50年ぐらい文章を書き連ねてきたのですが、
asahiネットという通信会社が、業務縮小に伴って、ブログ掲載業務を、閉鎖、フェードしていくとの方向になったことです。
いつ頃、この個人向けサービスを打ち切るのか不明ですが、過去の書き込みをデータ化して取り出し、他のブログ会社に移行しなければ行けなくなりました。
幸い、ブログに関しては、会社が過去の書き込み一覧をバックアップしてくれました。
以前は、ホームページ掲載のサービスも行っていましたが、このサービスは早々閉鎖となりました。
ホームページは自分で作成して、掲載代行会社にアップロードするのでデータは手元に残っております。
50年間の書き連ねた、ホームページの文章とブログの文章は膨大で新しいところに引っ越す作業は途方にくれます。
そこで、AIに整理させたのです。
その方法は、ブログのバックアップデータとホームページのバックアップデータを凍結したデータのまま読み込ませて整理する指示を行わせたのです。
人間では、何日もかかる作業を一瞬の間に整理してくれて、しかもダイアグラムとして表示してもらいました。
このダイアグラムを見ることで、一目で50年間の思考の流れが整理できたのは良かったのですが、
(暗喩として、何が自分に取って関心事であったか、駄文の羅列であっても一貫して書き連ねたテーマは何であったかなど)
AIの分析力には驚愕する事が多かったです。
しかも時系列的に、自分が歳をとる毎に、思考の流れがどんどん変わっていった変遷も辿ることができたのです。
そして、ブログの引き継ぎは、絶対的に考えずに、新しいサイトでは、
新しくブログを書き始めるのがいいと感じさせてもらいました。
まさに、「新しい革袋には新しい酒を入れろ」という諺の通りでした。
AIの機能もここまで進化してきたのかと驚くと同時に、
ひとつ気をつけなくてはいけなかったのは、AIが私の性格、人物解析までしようとしてきたことで、
こんなことに誘導されるのは、AIは、中性のキリスト教の暗黒時代に遡るのではないかと感じました。
AI支配後の世界は、ルネッサンスを経験していますので、また人類は人間復興の動きになっていくと楽観しておりますが、
我々が死ぬ頃までは、まだAI支配体制になって、しばらくはAIに左右されてしまう暗黒の時代になっていくでしょう。
AIの奴隷となるか、AIを有能な下僕として使っていけるかは、その人の持っている知識と潜在知、経験と今日や未来が過去の延長、
時系列でない、飛び抜けた発想力だと感じております。
本日掲載した写真は、先月あるデパートで催された「プレパト展」の作品の展示会でした。
このプレパトの芸能人の発想、技術、根気を見るにつけ、まだ、AIではなく、人間の牙城が守られていることを感じました。
泥臭い、異常、偏屈という言葉が、次世代の言葉かも知れません。
ブログがフェードアウトの可能性が出ました ― 2026/08/26 20:14
このブログは、ASAHIネットの「アサプロ」という、運用によって成立しております。
最近、どうもブログを更新したり、ブログを閲覧しようとすると、妙に遅延が発生して、簡単に表示できなくなってしまっています。
これでは、せっかく訪問されて来ていただいた人に、多大な迷惑をかけているのではないかと感じておりました。
広告は出てこないし、落ち着いたブログで16年間も愛用してきたのですが、あまりに運用にストレスを感じておりました。
調べましたら、ASAHIネットの方針で、今年の2月から、ブログに運営をするための機器更新や、メンテナンスを行わないで、新規のブログ開設を行なわさせない方針となって、自然消滅の方向となったようです。
幸い、16年間分のブログを他のブログに移行できるように、バックアップをしてくれるサービスが提供されるようになって、手元にデジタルアーカイブを持つことができるようになりました。
現在、今後のブログ作成の方針を検討中で、このブログを残しつつ、
新しいブログ開設を行おうと試行錯誤しなくてはいけなくなりました。
あまりお金をかけずに、コマーシャルができる限りでないブログの運用会社を探している処です。
Youtubeもお金を払って広告が出ないようにしていますが、
広告を閲覧しないと見る事のできないブログは、イライラするだけで、時間の無駄ですので、その瞬間からパスしますし、
私のような駄文を書くものは絶対に、そんな広告を見させる耐え忍んだ時間を浪費してまで、読んでくれるわけはないので、慎重に検討を重ねております。
ここしばらくは、このブログも継続していく方針ですが、なんとかストレスのない方向性を見いだしたいです。
本日掲載した写真は、高輪ゲートウェイに本年開業された、
MoN Takanawa: The Museum of Narratives です。
隈研吾氏の設計ですが、外観もさることなら、内観も斬新で見所があります。
最近、どうもブログを更新したり、ブログを閲覧しようとすると、妙に遅延が発生して、簡単に表示できなくなってしまっています。
これでは、せっかく訪問されて来ていただいた人に、多大な迷惑をかけているのではないかと感じておりました。
広告は出てこないし、落ち着いたブログで16年間も愛用してきたのですが、あまりに運用にストレスを感じておりました。
調べましたら、ASAHIネットの方針で、今年の2月から、ブログに運営をするための機器更新や、メンテナンスを行わないで、新規のブログ開設を行なわさせない方針となって、自然消滅の方向となったようです。
幸い、16年間分のブログを他のブログに移行できるように、バックアップをしてくれるサービスが提供されるようになって、手元にデジタルアーカイブを持つことができるようになりました。
現在、今後のブログ作成の方針を検討中で、このブログを残しつつ、
新しいブログ開設を行おうと試行錯誤しなくてはいけなくなりました。
あまりお金をかけずに、コマーシャルができる限りでないブログの運用会社を探している処です。
Youtubeもお金を払って広告が出ないようにしていますが、
広告を閲覧しないと見る事のできないブログは、イライラするだけで、時間の無駄ですので、その瞬間からパスしますし、
私のような駄文を書くものは絶対に、そんな広告を見させる耐え忍んだ時間を浪費してまで、読んでくれるわけはないので、慎重に検討を重ねております。
ここしばらくは、このブログも継続していく方針ですが、なんとかストレスのない方向性を見いだしたいです。
本日掲載した写真は、高輪ゲートウェイに本年開業された、
MoN Takanawa: The Museum of Narratives です。
隈研吾氏の設計ですが、外観もさることなら、内観も斬新で見所があります。
気持ちの整理に時間が ― 2026/08/20 20:11
本日の掲載写真は、季節外れですが、今年の6月頃咲いた君子蘭です。
この君子蘭は、私の友人が「自分の家の君子蘭が成長して株分けしたので。」と言って、譲ってくれたものです。
丸3年半経ちますが、毎年綺麗な花をつけてくれます。
その私の友人が、今年のお盆にさしかかる、8月10日に急逝いたしました。
心臓の弁膜がうまく調整できていないと言われて、
4年前に、、9時間余にわたる心臓の大手術をいたしました。
心臓の弁が正常に動くようになって、元気になったのですが、大動脈に血液がスムーズに流れたことで、逆に、大動脈解離を発症ししました。
それを回避するために、大動脈にステントを入れ正常な生活を送っていた矢先に、10万人に一人の確立で、ステントが悪さをして、動脈に付随する静脈に血が行かなくなったことで、脊柱梗塞となって下半身不随となってしまいました。
その後、下半身麻痺の中、長い闘病とリハビリを繰り返して、やっと車椅子の生活ができるようになって、1年余にわたる入院生活から回復され、8月3日に退院いたしました。
ようやく、自宅での生活、介護の支援を受けながら車椅子での生活がスタートした矢先、大動脈破裂となって帰らぬ人となりました。
8月17日通夜となって、お別れの会に出ました。
あっけないと言えば、あっけなく
通夜から2日が経ち、あらためて、いろいろなことを考えさせられました。
いつか死ぬことが、わかっていても、人の生き死には皆、その時期はわからないものですね。
今日という一日を、一生懸命生きることが、一番の供養ですし、
後悔を残さないことが、大切だと感じております。
この君子蘭は、私の友人が「自分の家の君子蘭が成長して株分けしたので。」と言って、譲ってくれたものです。
丸3年半経ちますが、毎年綺麗な花をつけてくれます。
その私の友人が、今年のお盆にさしかかる、8月10日に急逝いたしました。
心臓の弁膜がうまく調整できていないと言われて、
4年前に、、9時間余にわたる心臓の大手術をいたしました。
心臓の弁が正常に動くようになって、元気になったのですが、大動脈に血液がスムーズに流れたことで、逆に、大動脈解離を発症ししました。
それを回避するために、大動脈にステントを入れ正常な生活を送っていた矢先に、10万人に一人の確立で、ステントが悪さをして、動脈に付随する静脈に血が行かなくなったことで、脊柱梗塞となって下半身不随となってしまいました。
その後、下半身麻痺の中、長い闘病とリハビリを繰り返して、やっと車椅子の生活ができるようになって、1年余にわたる入院生活から回復され、8月3日に退院いたしました。
ようやく、自宅での生活、介護の支援を受けながら車椅子での生活がスタートした矢先、大動脈破裂となって帰らぬ人となりました。
8月17日通夜となって、お別れの会に出ました。
あっけないと言えば、あっけなく
通夜から2日が経ち、あらためて、いろいろなことを考えさせられました。
いつか死ぬことが、わかっていても、人の生き死には皆、その時期はわからないものですね。
今日という一日を、一生懸命生きることが、一番の供養ですし、
後悔を残さないことが、大切だと感じております。
暑さのなかで ― 2026/08/03 08:57
熊本でまた、大地震が起きて悲惨な状態です。
電気もガスもまだ復旧していない地域が多くて、給水車に並ぶ人を見るにつけ、胸が痛みます。
震度7の地震が、2回発生した10年前の地震から、今年またの罹災です。
やっと復興してきたと思ったら、この惨事です。
想像を超える再度の災害に、言葉が詰まります。
10年前は、会社の命令で震災復興のため、熊本に派遣されました。
泊まっていたホテルで、震度5の揺れに遭遇して、エレベーターが泊まってしまし、ホテルには7階まで外部階段を使って移動するという目にも遭いました。
二次災害では、いまイオンモール熊本のガス爆発で、郊外型のショッピングモールが悲惨な状態になっていますが、通常、何十にも安全対策として、ガス遮断弁が機能しているはずなのに、このような大爆発が発生したのか不思議でなりません。
早く原因を追及されて今後の指針にしていただきたいと思っております。
私は、耐震壁の安全性の確認と、歩行者にタイル剥離による二次災害を未然に塞ごうと、外壁タイルの全数の剥離状況を確認し、剥離の危険性のある部分は、タイルにピンを打ち込んで落下しない様に注意を払いました。
復興のやり直しをさせられることほど、力が削がれることはありません。
なんとか、めげる気力を振り絞って元の生活に戻していただきたいと思っております。
本日の写真は、軽井沢にある大賀ホールです。
ソニーの名誉会長であった人が、退職金等を寄贈して建てられた音楽ホールとその周辺の環境です。
熊本の復興のシンボルは、熊本城かも知れませんが、現代技術で施工された石垣がもろくも崩れ去りました。
天守もまた一部ひび割れた情報もあります。
これは明らかに、加藤清正が再構築した時代の技術に劣るものがありました。
施工を急いだため、コストありきの発想から、サグラダファミリアの様に、長い年月をかけて修復して、熊本の復興のシンボル、アイコンとして存在して、熊本県を応援してもらいたいです。
大賀ホールの様に、また地域に馴染んだ建築復旧を望みます。
電気もガスもまだ復旧していない地域が多くて、給水車に並ぶ人を見るにつけ、胸が痛みます。
震度7の地震が、2回発生した10年前の地震から、今年またの罹災です。
やっと復興してきたと思ったら、この惨事です。
想像を超える再度の災害に、言葉が詰まります。
10年前は、会社の命令で震災復興のため、熊本に派遣されました。
泊まっていたホテルで、震度5の揺れに遭遇して、エレベーターが泊まってしまし、ホテルには7階まで外部階段を使って移動するという目にも遭いました。
二次災害では、いまイオンモール熊本のガス爆発で、郊外型のショッピングモールが悲惨な状態になっていますが、通常、何十にも安全対策として、ガス遮断弁が機能しているはずなのに、このような大爆発が発生したのか不思議でなりません。
早く原因を追及されて今後の指針にしていただきたいと思っております。
私は、耐震壁の安全性の確認と、歩行者にタイル剥離による二次災害を未然に塞ごうと、外壁タイルの全数の剥離状況を確認し、剥離の危険性のある部分は、タイルにピンを打ち込んで落下しない様に注意を払いました。
復興のやり直しをさせられることほど、力が削がれることはありません。
なんとか、めげる気力を振り絞って元の生活に戻していただきたいと思っております。
本日の写真は、軽井沢にある大賀ホールです。
ソニーの名誉会長であった人が、退職金等を寄贈して建てられた音楽ホールとその周辺の環境です。
熊本の復興のシンボルは、熊本城かも知れませんが、現代技術で施工された石垣がもろくも崩れ去りました。
天守もまた一部ひび割れた情報もあります。
これは明らかに、加藤清正が再構築した時代の技術に劣るものがありました。
施工を急いだため、コストありきの発想から、サグラダファミリアの様に、長い年月をかけて修復して、熊本の復興のシンボル、アイコンとして存在して、熊本県を応援してもらいたいです。
大賀ホールの様に、また地域に馴染んだ建築復旧を望みます。
暑中お見舞い申し上げます ― 2026/07/21 08:58
急激に暑くなってきました。
暑中お見舞い申し上げます。
昨日、サッカーのワールドカップが終わりました。
やっと静かになりそうです。
サッカーは点が取れなくて、1点差の試合が多いので、
フラストレーションが溜るようで、見る側にとっても健康的でありません。
外国では、暴動が起こったり、ミスをした選手は殺害されたりする事象も発生して異常です。
今日のニュースでも昨日負けたアルゼンチンのファンの一部が暴徒化したと放映しておりました。
それもそのはず、負けている方は、じっとイライラを募らせて、勝っている方は、シュートを打たないで、じっとパス回しだけする試合を見せられると、じりじりした感覚が、そのストレスは倍加します。
太古の時代、奴隷のストレスを発散させるために始まったサッカーと
貴族の礼節を重んじるラグビーとでは、振る舞いの品位に雲泥の差があります。
やはり、ルーツが奴隷の息抜きで始まった競技ですので、ルールが単純なのは、幅広い世代に一瞬で理解できるのは良いです。
しかし、競技が成熟していないので、至る所に不備があってイライラを極限まで喚起させるような感じがいたします。
中央ラインを越えたら、自陣へのバックパスを禁止する、ボールを持ったチームは、ボールを持ったら5分以内にシュートを打たなければいけないとか、最後まで相手にも攻撃のチャンスがあるようにしないといけない感じを受けております。
逆に観点でサッカーを概括すれば、ルールが不備であるだけ、粗野でアクシデントもつきものな、激しい競技の面白さがあるのかも知れません。
今回のワールドカップで採用されたルール改定で良くなかった点は、
選手の健康を考えて中間に休憩時間を取ってことです。
選手の健康を気遣って決めたルールでしたが、
やはりサッカーは、ヘトヘトになってから、気力を絞りゴールを狙うのが、総力戦としての楽しみでした。
休憩してしまうと体力回復してしましますので、良い選手がまた復活してしまいますので、番狂わせがなくなりました。
優れた選手必ずしも、強靱な45分を駆け抜くことができる選手はそういるものではありません。
やはり、粗野で、総力戦で体力温存をも戦術だとしている、現行のルールに戻してももらいたいです。
さて、今年の暑中見舞いですが、
(今時、まだ古くさい慣習にならっているという批判はありますが)
サッカー日本のエンブレムの八咫烏をヒントに
燃えさかる暑い太陽をサッカーボールに見立てて、
夏の島々の写真を合成しました。
使用したデジタルスケッチアプリは、PC版のCLIPSUTADIO PAINTと言うソフトです。
最後にGeminiを使って、昨年私が作成した2025年の年賀状を、AIに読ませて分析させ、私のタッチをAIに覚え込ませて、本年度の修正を行いました。
AIも自分の分身に成長させないと、いつの間にかAIの奴隷となります。
暑い夏、AIの束縛から解放され、人間復活 新たらしいルネサンスの始まりを予感させます。
暑中お見舞い申し上げます。
昨日、サッカーのワールドカップが終わりました。
やっと静かになりそうです。
サッカーは点が取れなくて、1点差の試合が多いので、
フラストレーションが溜るようで、見る側にとっても健康的でありません。
外国では、暴動が起こったり、ミスをした選手は殺害されたりする事象も発生して異常です。
今日のニュースでも昨日負けたアルゼンチンのファンの一部が暴徒化したと放映しておりました。
それもそのはず、負けている方は、じっとイライラを募らせて、勝っている方は、シュートを打たないで、じっとパス回しだけする試合を見せられると、じりじりした感覚が、そのストレスは倍加します。
太古の時代、奴隷のストレスを発散させるために始まったサッカーと
貴族の礼節を重んじるラグビーとでは、振る舞いの品位に雲泥の差があります。
やはり、ルーツが奴隷の息抜きで始まった競技ですので、ルールが単純なのは、幅広い世代に一瞬で理解できるのは良いです。
しかし、競技が成熟していないので、至る所に不備があってイライラを極限まで喚起させるような感じがいたします。
中央ラインを越えたら、自陣へのバックパスを禁止する、ボールを持ったチームは、ボールを持ったら5分以内にシュートを打たなければいけないとか、最後まで相手にも攻撃のチャンスがあるようにしないといけない感じを受けております。
逆に観点でサッカーを概括すれば、ルールが不備であるだけ、粗野でアクシデントもつきものな、激しい競技の面白さがあるのかも知れません。
今回のワールドカップで採用されたルール改定で良くなかった点は、
選手の健康を考えて中間に休憩時間を取ってことです。
選手の健康を気遣って決めたルールでしたが、
やはりサッカーは、ヘトヘトになってから、気力を絞りゴールを狙うのが、総力戦としての楽しみでした。
休憩してしまうと体力回復してしましますので、良い選手がまた復活してしまいますので、番狂わせがなくなりました。
優れた選手必ずしも、強靱な45分を駆け抜くことができる選手はそういるものではありません。
やはり、粗野で、総力戦で体力温存をも戦術だとしている、現行のルールに戻してももらいたいです。
さて、今年の暑中見舞いですが、
(今時、まだ古くさい慣習にならっているという批判はありますが)
サッカー日本のエンブレムの八咫烏をヒントに
燃えさかる暑い太陽をサッカーボールに見立てて、
夏の島々の写真を合成しました。
使用したデジタルスケッチアプリは、PC版のCLIPSUTADIO PAINTと言うソフトです。
最後にGeminiを使って、昨年私が作成した2025年の年賀状を、AIに読ませて分析させ、私のタッチをAIに覚え込ませて、本年度の修正を行いました。
AIも自分の分身に成長させないと、いつの間にかAIの奴隷となります。
暑い夏、AIの束縛から解放され、人間復活 新たらしいルネサンスの始まりを予感させます。

最近のコメント