新春稼働 ― 2026/01/08 09:35
七日正月も終わり、いろいろな事が始動し始めました。
世俗社会では、年末から年明け早々に物々しいことが頻発しておりますが、
2026年も、穏やかにスタートできたと思っております。
暦の並びが良かったのか、9連休も取得できた人がいますが、
仕事始めが月曜日であったことが最悪で、休みぼけの仕事が5日間も6日間も稼働しなくてはいけない悲哀は、サラリーマンだけが感じる事のできる特権ではないかと思います。
宮仕え、人に使われる事は、多分に疲れる事でありますが、
これが、一転して、会社である程度の地位に上り詰めた人や、自分で起業したり、退職したりしますと、毎日が自分を、人を指図する側に廻りますので、自分のペースで仕事をしたり、休憩を取ったりできますので、疲労感は溜らないのです。
しかし、人に指図を受けない度合いが強くなるほど、日々の糧について、家族や、社員を養ったりする金銭的苦労が増えます。
また、退職者は、自分の人生を豊かに補完してくれるお金に苦慮するものであります。
金があるときは暇が無い、金がないときは暇があると、昔から言われているとおりです。
このバランスを上手く取って、人生豊かに暮らせるのが一番です。
一年の長さは、自分の年齢に反比例する様で、
50歳の人は、50分の1、70歳の人は、70分の1の感覚で、一年が過ぎ去るようです。
若いときの時代が濃密だったと感じるのは、過ぎ去る時間が年齢に応じてゆっくりであったためであると同時に、見るもの触れる物が新鮮で刺激を、5感で感じ取れる若い感性があったためです。
いまは、老後という概念はなくなった時代です。
死ぬまで、汗をかいて、知恵を出して、濃密な時間を獲得するために、
豊かな感性を身につけるために、何でもいいので行動したり、おいしい物を食べたり、旅行に行ったりして、絶えず刺激を受ける訓練をすることが大事だと感じます。
人生は短いです。
まずは、自分が老人という考えを辞める。
5感の感性を衰えさせない。
時間は刺激を獲得した量によって増える。
上記を頭に入れて、行動していく年にしたいです。
今日の写真は、初春の我が街の、里山の風景です。
梅のつぼみも徐々に膨らんでいます。
世俗社会では、年末から年明け早々に物々しいことが頻発しておりますが、
2026年も、穏やかにスタートできたと思っております。
暦の並びが良かったのか、9連休も取得できた人がいますが、
仕事始めが月曜日であったことが最悪で、休みぼけの仕事が5日間も6日間も稼働しなくてはいけない悲哀は、サラリーマンだけが感じる事のできる特権ではないかと思います。
宮仕え、人に使われる事は、多分に疲れる事でありますが、
これが、一転して、会社である程度の地位に上り詰めた人や、自分で起業したり、退職したりしますと、毎日が自分を、人を指図する側に廻りますので、自分のペースで仕事をしたり、休憩を取ったりできますので、疲労感は溜らないのです。
しかし、人に指図を受けない度合いが強くなるほど、日々の糧について、家族や、社員を養ったりする金銭的苦労が増えます。
また、退職者は、自分の人生を豊かに補完してくれるお金に苦慮するものであります。
金があるときは暇が無い、金がないときは暇があると、昔から言われているとおりです。
このバランスを上手く取って、人生豊かに暮らせるのが一番です。
一年の長さは、自分の年齢に反比例する様で、
50歳の人は、50分の1、70歳の人は、70分の1の感覚で、一年が過ぎ去るようです。
若いときの時代が濃密だったと感じるのは、過ぎ去る時間が年齢に応じてゆっくりであったためであると同時に、見るもの触れる物が新鮮で刺激を、5感で感じ取れる若い感性があったためです。
いまは、老後という概念はなくなった時代です。
死ぬまで、汗をかいて、知恵を出して、濃密な時間を獲得するために、
豊かな感性を身につけるために、何でもいいので行動したり、おいしい物を食べたり、旅行に行ったりして、絶えず刺激を受ける訓練をすることが大事だと感じます。
人生は短いです。
まずは、自分が老人という考えを辞める。
5感の感性を衰えさせない。
時間は刺激を獲得した量によって増える。
上記を頭に入れて、行動していく年にしたいです。
今日の写真は、初春の我が街の、里山の風景です。
梅のつぼみも徐々に膨らんでいます。
大寒が過ぎれば、 ― 2026/01/19 09:26
新春稼働と話したと思ったら、もう10日以上も経って、早、1月20日は大寒となります。
昔は、暖房器具を使わなくても、裸で布団から起き上がったら、すぐに着替える事ができましたが、
いまは、部屋を暖めてから着替えをしなくてはならなくなったのですから、
年々体から発する体温というか、気構えや気骨の精神が退化してきていることを感じる歳になってきています。
「春を待つは切なり」と言う言葉がありますが、小学校の頃は、部屋の暖房も整っていないで、火鉢やこたつで暖を取っていましたので、もっと数段寒かったように思います。
しかし、吐く息を楽しみながら、学校まで行く途中の、水たまりや川の流れの悪い所が凍って居るのを、足で踏んづけたり、石を投げて氷を割るのが楽しみで、友達と連れだって登校したのは、楽しい思いです。
学校に着くやいなや、すぐドッチボールや肉弾戦で
https://kinonkoya.asablo.jp/blog/2023/10/03/9622644
授業が始まる前にヘトヘトになって遊んだ記憶は良い物です。
今の子供は、伸び伸び遊ぶ機会も限られて、しかも、遊ぶ事といったら大人が用意した安全が保証された人工物や、安全を確保された場所ですので、肉体も思考も、刺激を受けないので縮こまっている感じがします。
さて、子供のことを憂いているのも大事ですが、
先週は、新春明けの気功ストレッチ、会社への年始の挨拶、友人、異業種交流、我が愚妻の誕生日、古希祝い、サークルの仲間とのフラメンコギターおよび、リコーダーの合奏練習などで、多忙でした。
新春稼働は華やかでしたが、尻つぼみにならないように、
この調子で、年末に購入したペンタブレットでのデジタル画の習得、
住生活の充実化
クラシック・フラメンコギターの更なる技術習得
本の立ち読みで刺激を受けた家電を利用した暮らしを楽にする方向での家電活用研究
株主優待でもらった宿泊優待券を活用した、16施設への宿泊チャレンジ
国内外への見聞拡大
以上を成し遂げるための、更なる健康への配慮 資産防衛の研究実践、好奇心持続への努力、感受性の若返りなどいろいろ挑戦して生きたいと思っています。
本日掲載の写真は、散策をよくする、松の川緑道にある公園の施設の写真です。
ここの緑道は、ラグビー場、サッカー場、ホッケー場、野球場が隣接していて、若者のエネルギーをもらうことができてよいです。
モニュメントの名前は、
BIRD — 野生植物「日吉」 田辺光彰作 だそうです。
昔は、暖房器具を使わなくても、裸で布団から起き上がったら、すぐに着替える事ができましたが、
いまは、部屋を暖めてから着替えをしなくてはならなくなったのですから、
年々体から発する体温というか、気構えや気骨の精神が退化してきていることを感じる歳になってきています。
「春を待つは切なり」と言う言葉がありますが、小学校の頃は、部屋の暖房も整っていないで、火鉢やこたつで暖を取っていましたので、もっと数段寒かったように思います。
しかし、吐く息を楽しみながら、学校まで行く途中の、水たまりや川の流れの悪い所が凍って居るのを、足で踏んづけたり、石を投げて氷を割るのが楽しみで、友達と連れだって登校したのは、楽しい思いです。
学校に着くやいなや、すぐドッチボールや肉弾戦で
https://kinonkoya.asablo.jp/blog/2023/10/03/9622644
授業が始まる前にヘトヘトになって遊んだ記憶は良い物です。
今の子供は、伸び伸び遊ぶ機会も限られて、しかも、遊ぶ事といったら大人が用意した安全が保証された人工物や、安全を確保された場所ですので、肉体も思考も、刺激を受けないので縮こまっている感じがします。
さて、子供のことを憂いているのも大事ですが、
先週は、新春明けの気功ストレッチ、会社への年始の挨拶、友人、異業種交流、我が愚妻の誕生日、古希祝い、サークルの仲間とのフラメンコギターおよび、リコーダーの合奏練習などで、多忙でした。
新春稼働は華やかでしたが、尻つぼみにならないように、
この調子で、年末に購入したペンタブレットでのデジタル画の習得、
住生活の充実化
クラシック・フラメンコギターの更なる技術習得
本の立ち読みで刺激を受けた家電を利用した暮らしを楽にする方向での家電活用研究
株主優待でもらった宿泊優待券を活用した、16施設への宿泊チャレンジ
国内外への見聞拡大
以上を成し遂げるための、更なる健康への配慮 資産防衛の研究実践、好奇心持続への努力、感受性の若返りなどいろいろ挑戦して生きたいと思っています。
本日掲載の写真は、散策をよくする、松の川緑道にある公園の施設の写真です。
ここの緑道は、ラグビー場、サッカー場、ホッケー場、野球場が隣接していて、若者のエネルギーをもらうことができてよいです。
モニュメントの名前は、
BIRD — 野生植物「日吉」 田辺光彰作 だそうです。
春の気配がちらほら 心のブレーキを解き放して ― 2026/01/28 10:27
このところ寒い日が続いております。
札幌の友人からは、例年にない大雪で、雪かきが大変だという便りをもらっております。
何事においても経験は大事です。
雪国の生活を経験したり、雪かきをしたことがない人には、写真や動画を見ても、その大変さは絶対に伝わらないものだと実感いたします。
今は、AI時代が到来したと言われておりますが、これから益々、過去の集積のコンピュータの回答が絶対正しいと判断して行く風潮で、現実と空想のギャップが進んでいってしまい状態が、すぐそこまで来ていることに心がさわさわいたします。
頭だけで理解したり、頭の中で経験したように思う人が増えて、
頭でっかちで批評ばかりする人が増えていってしまう風潮が進んでいくことを、ものすごく危惧しております。
本の知識や動画や映像の世界で経験したことは、実際手を動かしてみないと、理論と実践の差が埋まりません。
机上でいくら水泳の本を読んでも、ゴルフの本を読んでも、泳いだり、良いスコアが出ないのと一緒です。
しかし、この実際に手を動かさない人が大手を振って、YOUTUBEやテレビに出てきて、コメンテーターとしていい加減なことを言いますので、
実際、理論も実践も経験していない人は、どんどん人の言動に流されていってしまいます。
流されないためには、何事も理論と実施の経験を踏むことです。
あれをやれば良かった、これをやれば良かったとか、いつかこうしたいうと思っても、時間は限りあります。
一番の制約は、自分の中の心のブレーキです。
心のブレーキは、すぐできない自分を肯定かさせるために、時間が無いとか、お金がないとか、あれこれ言い訳を作って、安全のため心のブレーキを踏んでしまいます。
何もしないことが、安全で、時間もお金もすり減らないと思っていますし、
すべては、インターネットや動画、写真で疑似体験できると思っています。自分の命がつきるとき、疑似体験の世界で生きていくと何が残るででしょうか?
春の気配を感じて、熱海梅園まで足を運んでみました。
キリリとした寒さの中で、開花した梅の花を見ると、
自分が生かされているし、生きている実感を感じ、春が来る気配の空気感を満喫できました。
札幌の友人からは、例年にない大雪で、雪かきが大変だという便りをもらっております。
何事においても経験は大事です。
雪国の生活を経験したり、雪かきをしたことがない人には、写真や動画を見ても、その大変さは絶対に伝わらないものだと実感いたします。
今は、AI時代が到来したと言われておりますが、これから益々、過去の集積のコンピュータの回答が絶対正しいと判断して行く風潮で、現実と空想のギャップが進んでいってしまい状態が、すぐそこまで来ていることに心がさわさわいたします。
頭だけで理解したり、頭の中で経験したように思う人が増えて、
頭でっかちで批評ばかりする人が増えていってしまう風潮が進んでいくことを、ものすごく危惧しております。
本の知識や動画や映像の世界で経験したことは、実際手を動かしてみないと、理論と実践の差が埋まりません。
机上でいくら水泳の本を読んでも、ゴルフの本を読んでも、泳いだり、良いスコアが出ないのと一緒です。
しかし、この実際に手を動かさない人が大手を振って、YOUTUBEやテレビに出てきて、コメンテーターとしていい加減なことを言いますので、
実際、理論も実践も経験していない人は、どんどん人の言動に流されていってしまいます。
流されないためには、何事も理論と実施の経験を踏むことです。
あれをやれば良かった、これをやれば良かったとか、いつかこうしたいうと思っても、時間は限りあります。
一番の制約は、自分の中の心のブレーキです。
心のブレーキは、すぐできない自分を肯定かさせるために、時間が無いとか、お金がないとか、あれこれ言い訳を作って、安全のため心のブレーキを踏んでしまいます。
何もしないことが、安全で、時間もお金もすり減らないと思っていますし、
すべては、インターネットや動画、写真で疑似体験できると思っています。自分の命がつきるとき、疑似体験の世界で生きていくと何が残るででしょうか?
春の気配を感じて、熱海梅園まで足を運んでみました。
キリリとした寒さの中で、開花した梅の花を見ると、
自分が生かされているし、生きている実感を感じ、春が来る気配の空気感を満喫できました。
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