なれない更新で2010/05/16 18:08

昨日、1週間ぶりにブログを書き込もうとしました。
約90%ほど完成したのですが、画像のファイルサイズが大き過ぎたためか、途中で警告そして、フリーズして一瞬にして労作が泡となってしまいました。
ホームページと違って、他人の軒先を借りて、更新をこれから続けて行くのは、結構しんどいものがあると感じています。
先輩のエルビスさんが、毎週のように、下記ホームページを軽快に更新されるのを拝見すると、彼我の差を感じます。
http://www.rak2.jp/hp/user/uncle_elvis/

ブログは日記?2010/05/16 18:16

ブログを書き始めようと思った時に、すぐに思いだしたのは、
阿久悠氏の、日記を書く生活のすすめ「日記力」という本で7あります。

本の内容は、彼が23年間、日記を毎日継続的に書き続けて、
日記が、作詞家としての創作のデータベースとしての糧を得たり、
確固たる自分自信の価値観の確立に寄与したり、
時代の記憶を書きとどめることで、貴重な資料になっていることの効能を記載しておりました。

彼の他者との違いがわかる超越的なところは、作詞憲法15カ条という、自分を作詞家として生き抜いていくために定めた、彼自身の作法を、日記にも応用して、日記憲法5カ条を定めて、いったん決めた方針を23年間ぶれないで続けたことです。
さらに、其の日記は、感情的なものは一切排除して、事実だけを自分をフィルターを通したものだけを書き綴ってきたということです。
一見些細なことの積み重ねの中に時代が見えてくるし、時代を見る目として日記に期待をして、結果的に、仕事につながってくると、
多くの輝かしい業績を残された氏ならではの言葉であると感じています。

自分にとっての記録2010/05/16 20:22

先日、友人と一緒に会食をしたときに、つい日記の話題になりました。彼は、妻に10年前の誕生日の時に、10年日記帳をプレゼントにもらったことがきっかけで、書き始めて、今年の誕生日についに10年日記の書き込みを完了したと、誇らしげに話しておりました。
そして、今年新たに10年日記帳を購入しようとしたら、なんと、10年前に購入した日記帳とまったく同じものが販売されており、二重にうれしかったと言ってました。
一日、2行でも3行の記載でも10年継続するとパワーを持つと、まったく阿久悠氏と同じことを話していました。

さて、自分にとっても記録はなんであるか、データベースを公開いたします。
私の場合は、日記といものではなくて、気まぐれなスケッチというもので、絵日記の類です。

このスケッチブックに統一して書きこむようになったのは、スケッチブックの記録から、昭和60年(1985年)2月11日の記録がありますので、多分このころですが、本格的にこの方向で記録が始まったのは、昭和63年(1988年)ごろです。
現在、スケッチブックの冊数も54冊目ですから、ちょうど継続年数は、22から23年となり、毎年、2冊半のペースで書いています。

物事を見ているようで、少しも見ていないということを感じるようになり、少しでも記憶に出来事をとどめたいと思い始めたのがきっかけでした。また、子供が生まれ、子供が絵を描き始めたころでした。

ある一日で、とくに印象を受けたものを、その時、次の日、あるいは、1週間後に記載しますので、その絵を見るだけで、其の日の記憶が蘇ります。
いまでは、ホームページの話題も卑近な題材でなく、記録をだどれば、いろいろな方面で記載することができるので、テーマで悩むことはありません。
ブログとしての問題は、一つのテーマ性を持って、継続できないことでありますが、継続の途中で何か出てくることを期待しています。