光と風が2020/10/04 08:38

暑い暑いと嘆いていましたが、半月も過ぎたら、本当に過ごしやすい気候になってきました。

命が萌えいずるウキウキする春も好きですが、東京の冬に至るまでの、だらだらと続く秋も好きです。

木漏れ日の中の太陽光と、さわやかな風に自分の体をさらさないと、木枯らしの吹き付ける、激しい冬を乗り切ることができません。

ましてや、北海道や、ヨーロッパの地域のように、冬の日照時間が少ない地域の人は、重要です。

ヨーロッパの夏の海岸リゾート地に行くと、若い娘達のトップレスで甲羅干しをしている光景にちょくちょく出会います。

太陽を浴びているその姿を見ると、燃え盛る青春と、健全な肉体、健康さに圧倒されるとともに、冬に備えて太陽光を少しでも浴びようとする気持ちが伝わります。

我が家の木漏れ日の中での、光に浴びたいという希求は、北海道に住んでいた名残かもしれません

3月から世界中を襲ったコロナの影響で、今年は特に体が外気を吸っていないし、太陽光にあまり当たっていません。

この状況を見るにつけて、手塚治虫氏の「火の鳥 未来編」がよみがえります。
放射能に侵され、地上に住めなくなった人類が、地下に都市を作るのですが、その都市は、完全にコンピューターで管理された世界が作られるのです。
しかし、コンピューター同士の戦いで、世界が一瞬のうちに、核兵器で滅ぶのです。

実際に、コロナ禍に世界中が翻弄されたり、東証のコンピューターダウンしたり、マスコミの使命を忘れた売れればよいとする凋落、世論操作や、ネットでのフェイクニュースの反乱で、だんだん、この手塚治虫氏の漫画の世界に近づいてきています。

改めて、手塚治虫氏の先見の明に驚きを感ぜざるを得ません。

さて、光と風を求めて、先週末は、表参道、原宿、明治新宮方面に散策に行ってきました。

コロナウィルスは、光(紫外線)と風〈換気)に弱く、体力のある、抵抗力のある人には、比較的かかりにくいものです。

一番いけないのは、密室空間での飛沫感染、および手や口からのウィルス菌の侵入です。

光に当たっていない人、およびマスクをつけることによって引き起こされる
のどの粘膜の温室栽培効果で、コロナウィルス菌以外のウィルスに対しても、体の抵抗力をなくしてしまうことです。

特に太陽に当たらない場合は。ビタミンD不足となり、ビタミンDは全身の免疫、皮膚、脳にも重要な役割を担っている栄養素でありますので、大人に限らず、子供にも発達障害、クル病やがん、骨折障害を引き起こします。

季節の良いこの時期、確実にやってくる冬と、様々なウィルスに勝つために、新鮮な外気を吸って、マスクで甘やかした喉を鍛へ直し、太陽光を吸収することで、抵抗力を鍛えましょう。


本日掲載した写真は、原宿に新しくオープンした「ウィズ原宿」です。
店舗に入るときに徹底した手洗いと検温で完全管理がされている店が多いです。

この新しく生まれた店舗空間ですが、コロナ禍を予測していたのか、内部と外部空間をうまく織り交ぜた、ハイブリットな共用部が計画されており、
まさに、光と風をうまくつかまえております。

学者の世界が見える映画2020/10/11 07:08

本日掲載した写真は、映画情報から引用させていただきました。
(問題のある場合は、速やかに撤去します。)

いま アマゾン・プライム ビデオにはまっている映画は
シットコムの「the BIG BANG THEORY」です。

シットコムとは、シチュエーション・コメディの略ですが、
いわゆる、海外で放映されている連続テレビドラマのことを指します。

アメリカのこの連続テレビドラマには良質な作品が多く、
名作の「FRENDS」や「THIS IS US」などの家族関係を扱った作品も見ごたえがあります。

この「the BIG BANG THEORY」ですが、
レナードとシェルドンという物理学者が、彼らは二人のIQを合わせると360になるという頭脳を持ってた若者ですが、
彼らが一緒に住んでいるシャアハウスの隣に、
ペニーという、ごく普通のかわいいブロンドの独身美女のウェイトレスが引っ越してきたことから物語がはじまります。

学者バカ特有の論理や物の考え方や行動に、ペニーという普通の女性が彼らとのやり取りに、ある時は辟易したり、唖然としたり、絶交したりしますが、友好的で、温かく彼らを見ていき物語が進行します。


新しく首相になった、菅総理も、このひと月で急に風格が出てきたようです。
この船出に対して、ややもすると波風を立てないように守りの姿勢をとるのが普通ですが、矢継ぎ早にいろいろな改革に着手したその手腕はすごいです。
地方痴呆と言って、復興省を作って、また多くの役人を生み出し、「モリかけ」を隠れ蓑にして、地方に復興省の名のもとに金を流し、利益還元を図ろうとした、古い政治家が選ばれなかったのはよかったです。

改革着手の一つに、日本学術会議任命の拒否というあえて「火中の栗を拾う」という暴挙に出たのは賞賛ものです。

日本学術会会議は、ややもすれば、「the BIG BANG THEORY」で
レナードとシェルドンという物理学者が、話しているように
自分の理論と論理だけを信奉し、他者を許容したり、聞く耳を持つことがありません。

国の方針と逆らった論文や言動を吐くならば、独立採算で
非営利団体として、活動すればよいのであって、
お金と名誉は欲しい、しかし、国の方針には従わない、これでは議論になりません。、
ペニーのように、意見や考え方が違っても友好的に温かい態度をとってこれば、
憲法9条の話や、アメリカとの安全保障条約を破棄するという理論を構築していても、ここまで任命拒否の問題はこじれなかったようです。

野党も国の在り方、学術会議の理想的な在り方を、見据えていないとただ単に学問の自由だけを守れでは、だれも納得させることができず、
愚弄の遠吠えです。
ややもすれば、朝日新聞の慰安婦問題のように、間違った報道が、他国を利し、自国を凋落させる間違いを犯します。

大学改革がなされてから、大学の研究室も基礎研究に力を入れるのではなく、アメリカ化してしまって、プラグマティズムに陥ってしまいました。

企業との連携で、目先の利益を生み出す論文や研究には
多くの助成金が、企業からもあつまります。
その為、何の役に立つかわからないような基礎研究の分野は大きく後退してしまっています。
国も、いざというときに役立つ「食客」を養っているゆとりがなくなってしまいました。

今回は日本は、選に漏れノーベル賞から遠ざかってしまいましたが、
短期間では利益の生み出すことができない基礎研究や、
文科系の基礎研究などは、企業が金を出すことができないので
ますます、賞を受賞する土壌が減ってきています。
基礎研究には、国や地方自治に、糧を得るしかできません。

私の所属していた研究室の一年間の研究費は当時 約300万円でした。この300万円を、講座の研究員13名と教授、助教授 助手 事務職員でコピー代も含んで研究を行わなくてはいけませんでした。

研究の世界はとても脆弱な基盤で成り立っており、霞を食べて生きていける人だけが続けられる世界です。
日本では、カミオカンデの研究者以外、つましい研究施設で、自前の機器類でやっと研究が続けられているのです。

権威に胡坐をかいた6人より、日の目みない、基礎研究に没頭している人々に、少しでも活動費を回してもらいたいと思っています。

発想を変えてみる2020/10/18 19:28

本日の写真は、昨年訪問した、北欧ヘルシンキの石の教会(テンペリアウキオ教会)です。
半地下にして、岩肌をそのまま内部空間の仕上げにしております。


今年の天気の移りかわりは激しいです。
夏が終わったと思ったら一挙に冬の気温になってきてしまい、
慌てて、夏ものと冬ものを交換する衣替えで、
季節の移り変わりを楽しむゆとりはありませんでした。

あと、1~2年でサラリーマン生活もおさらばですが、
いや、世の中の動きでは、いつ何時働かなくてよいという通告が来るかわかりません。

夏のスーツから秋冬用のスーツに変える更衣する年中作業も
あと残りが、限られた回数かと思うと、
サラリーマンの戦闘服にもある種の愛着がでます。

いま、アフターコロナとして、
コロナ禍が過ぎ去った後の世の中について、
多くの提案が行われたり、方向性を探っています。

一度壊れたものは、なかなか元には戻らないのですから、
この世の中の激変は、もうノーマルなこととしてとらえることが
次を踏み出す一歩だと考えます。

安全に経済活動を元に戻す、
安全にオリンピックを開催するというような、国としての大命題を抱えなくても
普通の人にとっては、自粛から一歩踏み出し、
安全に旅行に行く方法を探る、安全に食事やお酒を飲みに行く、
安全にコンサートに行くなど、
コロナ禍ありきで、ものを考えていく頭の切り替えが必要です。
他人にすがり自粛解除を待っていては、何年先になるかわかりません。

石の教会のように、石をそのまま内部空間の仕上げに利用する考え方のような発想です。、

誰もわからないことを、考えることは
自由度が大きいだけに、リスクもあり、
大変さもありますが、楽しいことです。

実際、罹患患者数は毎日報道するのですが、罹患要因については
マスコミが報道しておりません。報道すると不利益を被る人が出てくるので秘匿されています。この秘匿が、さらに恐怖をあおっているのです。
(ロッテのコロナ罹患選手も一部の報道では、札幌すすきの夜の街に繰り出したようです。)

一つ言えるのは、世の中どんなに進歩(?)ハイテク化しても
人は、生身の人間の息遣いと、ぬくもり 交流を追い求めるものだということ
そこに、様々なドラマが生まれるということは不変です。

いつでも会えないということが、一期一会を大切に思うようになります。

見えなければ忘れ去られる2020/10/25 08:31

あっという間に秋が来て、夏の海も、トアエモアの歌のように「もう誰もいない海」になってしまっているでしょう。

季節の移り変わりは早いものですが、
最近、「見えなければ忘れ去られる」という、言葉にも
人の世の移り変わりを深く感じ入ることがあります。

英語では「OUT OF SIGHT OUT OF MIND」という諺ですが、
通常、日本語では「去る者は日々に疎し」と翻訳されますが、
なにか、直訳のほうがすっきり入ってきます。

NHK教育テレビで放映している 滝沢直樹氏の「漫勉」という番組があります。
この番組は、日本の著名な漫画家に焦点を定め、漫画家の仕事場に入り込んで、彼らの漫画のテクニックや創作の秘密を探る番組です。

この番組を時たま見るのですが、先週10月22日に放送された、
「星野之宜」氏のテクニックや発想法、その原点の彼の蔵書庫を、惜しげもなく公開していただき圧倒されました。

一時期、建築の設計を生業としてきたものにとって、業種は違いますが、
まさに、手を動かして作品をつくるという原点は一緒ですので、彼の技量やアナログ的な手法に圧倒されました。

また、彼を支える、1万冊余の蔵書に裏づかれた思考や、発想の原点を見せてもらったことはよかったです。

ものを作る原点は、やはり時代が進んでも、アナログであることを感じました。

なんでも電子化されてきましたが、電子化された本や写真は、記憶に残らないし、すぐ忘れ去られてしまうことを感じます。

コロナ禍の世の中になり、リモートと言って、ますます資料や報告が電子化され、アナログ的なものが、効率が悪いと排除されてきました。

非常に殺伐となってきて、小説以外の本、漫画もそうですが、努めて
電子本でなく、印刷された本を買うようになりました。

本のぬくもり、作者の熱い注力されたエネルギーは、手に取って、触って、書き込んで、眺めて、繰り返し開いて感じるのが良いと感じております。
好きなものを身近において暮らす。蔵書に埋もれて暮らす。
現代では、最高の贅沢になってしまいました。

見えなければ、すぐ忘れ去られてしまいます。