後厄の終わりに2014/02/02 20:32

あと、もう少しで節分という、先週1月27日月曜日の朝に、右足の中指を骨折してしまいました。

節分が来れば、ようやく長かった前厄 本厄 後厄も終わり、晴れて厄難から開放されると思っていた矢先の事故でした。

朝、起きて、会社に行こうとした時に、床においていた荷物を避けようと伸ばした足先が、床埋め込みのドアクローザに激しくぶつかりました。

その日は、打ち身をしたと思って、痛い思いをしながら、出社しましたが、不幸なことに、帰宅時になっても痛みが引かず、シップをしたのに、翌朝は、指先は黒ずんで、足の甲は腫れ上がり、これは骨折と同じ状態ではないかと不安がよぎりました。

案の定、整形外科に言ったら、足の中指の骨が、斜めに折れているとことで、医者も、「残念でした! 骨折で3週間はかかります。」と、こちらの気持ちも考えないで、嬉しそうに話すではありませんか。

その後、理学療法士に、回されて、骨折した中指と人差し指(足の指ではこの呼称を使うかはわかりませんが)を一緒に、ギプスをはめられました。

療法士は、「しばらく、ペンギンのように、ヒョコヒョコ歩いて通勤してください。2~3日ごとに、お風呂に足を入れられないので、アルコール消毒に来てください。」と、手際よく処置されました。

「飛べると思った水たまりが、飛べなくなった年齢ですね。」とか
「骨が硬くなって弾力がなくなって来たようですね。」とか、
散々、同僚や、会社の女性陣に、同情やら老化現象の話を聞かされて、苦々しい、1週間を過ごしました。

「気を抜くな、その仕草が、骨挫く」

「年重ね、頭も体も、固くなる」

「その固さ、頑固一徹、命取り」

久しぶりの大雪2014/02/09 21:04

2月8日の土曜日は、東京都心でも45年ぶりという大雪になりました。

よく歴史の教科書では、赤穂浪士の討ち入り、昭和の軍部が暴走した226事件にしても、大雪だったようですが、東京に住んでから、こんなに大雪に遭遇したことがなかったので、実際、これらの事件の日が大雪であったのかが史実であったのか、半信半疑でした。
しかし今回のこの大雪で、歴史書の記載は正しかったことが、実際の雪をみて感じました。

北海道に、11年も住んでいたので、このような雪を見ることには慣れておりましたが、雪の日の写真を掲載しようとしたら、意外に所有していいないことが判明しました。

久しぶりの大雪に遭遇すると、たまに北国のように雪に閉ざされる生活をするのも、身辺を振り返る時間ができて良いことだと感じました。

とかく現代人は、忙しいですが、その忙しさの大半は、容易に車や交通機関で動くことができる、コンピュータが発達して、いつも情報が、スマホでも、携帯電話でも、タブレットでも流されており、その情報に左右されたりするので、単に忙しいのです。

心の安寧を保つためには、瞑想したり、呼吸法を身につけると良いなどと謂われておりますが、土曜日の雪の日のように、終日雪に閉ざされて、降り続く雪を見ながら、交通遮断、情報遮断して、心静かに瞑想の時を持つのも良いことだと感じました。

雪の瞑想から迷走2014/02/16 20:44

2週間連続して、大雪に見舞われました。
先週は、久しぶりの雪で、外出できない効用で、思いがけず、瞑想ができて、気持ちが落ち着きました。

今週は、あにはからんや、これだけ雪が降ると、至る所、都市機能も支障が来て、街全体が迷走しています。

2月は、いつも一年の疲れが溜まるのか、体調が悪いのですが、今日は、絶不調です。

まだ、熱が出るに至っていないのが幸いですので、早く就寝し、体力回復に努めようとと思っています。
2月の不調は、毎年繰り返される、脱皮のような感じです。

大学の同じクラブの1年先輩が、旅先の風呂で倒れて急逝したり、一年上の先輩が、体調がすぐれず、3月末で、会社を去るとのことで、このところ、身辺も穏やかでありません。

大雪でも、その対策を常にしていないと、都市機能がだめになるのと一緒で、ずっと健康を維持していくために、常日頃の努力をしないといけないと思いました。

天平の甍2014/02/23 20:38

ようやく、夏に向けての脱皮が終わろうとしています。体の調子が戻ってきました。
先週は、とても不調で、いけませんでした。

1月末に、骨折をしましたが、先週初めにギプスがとれて、ようやく、こちらも快癒に向かい始めました。

さて、気持ちが沈んでいるときは、とかく思索の時間が増えるものです。
今回は、昨年、大学の研修旅行で出かけた奈良に、約40年ぶりに訪れて、また、薬師寺、唐招提寺を再訪したことで、鑑真のことがずっと気になっていました。
なかなか容易に身動きできなかったので、この時間を使って、井上靖の、「天平の甍」と、永井路子の「氷輪」を読んでいました。

天平の甍は、鑑真が、中国から日本に来るまでを、日本の僧、普照以下、遣唐使として派遣された日本の僧をとおして、描いたものです。

一方、氷輪は、日本に来てからの、鑑真の行動を書いたもので、2つの小説(?)を読むことで、鑑真とその取り巻いていた、日本の時代、天皇の立場、政治及び仏教に対する考え方がわかり、あまりにも知らないことばかりで、自分の無知を知らされました。

特に、永井路子氏のこの「氷輪」は、過去の文献を、作者の感情を出来る限り移入しないようにして論を進め、まるで、鑑真に対する学術論文を読んでいるように、精緻な小説でした。

この2つの小説をよみ、聖武天皇の苦悩、東大寺から、いつの間にか政治の世界に翻弄され、在野にくだらずをえなくなった鑑真、唐招提寺の設立経緯がわかり、改めて奈良時代の一コマを、覗くことができ、私が寺院建築では、筆頭に好きな建物の唐招提寺を、再認識することができました。